どこよりも速い判例解説

 昨年、韓国の最高裁判所は、韓国政府が、いわゆる「従軍慰安婦」問題について、日本側に損害賠償を求めないのは(韓国の)憲法違反であるという判決を出した。韓国の法令については関知しないが、韓国最高裁の判決は、1965年に締結された、韓国との請求権・経済協力協定(http://www3.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdf/A-S40-293_1.pdf)2条(特に同条3項)の解釈適用を誤っており、我が国としては無視しておけばよいが、つい先日、国際司法裁判所(ICJ)で、興味深い判決が言い渡された。
 話は、第二次大戦中のイタリアに始まる。枢軸国側であったイタリアが連合国に降伏し、ドイツに占領された状態であった1943年から1945年にかけて、ドイツ軍により徴用され、強制労働に従事させられたとして、イタリア国民が、ドイツ政府に対し損害賠償を求め、イタリアの国内裁判所に提訴した。イタリアの国内裁判所は、ドイツの裁判権免除を認めず、ドイツに対して賠償を命じた。また、イタリアに所在するドイツ政府の施設の差押えを認めた。
これに対し、2008年12月、ドイツは、イタリアの国内裁判所が裁判権免除を認めなかったのは、国家免除(主権免除)に関する国際法違反として、イタリアの措置の違法確認などを求めてICJに提訴したのが今回の事件である。ちなみに、この事件には、ギリシャの国内裁判所もまたドイツの国家免除を認めない判決を出し、イタリアの国内裁判所が、ギリシャ判決のイタリア国内での執行を認めていたことから、ギリシャが訴訟参加(日本の民事訴訟法でいう補助参加に近い)している。
今月3日、オランダ・ハーグのICJ(小和田裁判長)は、ドイツの請求をほぼ全面的に認容する判決を言い渡した(http://www.icj-cij.org/docket/files/143/16883.pdf)。
ICJは、国家免除は主権平等原則を基礎とし、慣習国際法上重要な位置を占めるとした(para. 57)。これは、「対等なる何人も裁判官にはなりえない」ということである。
また、今回のICJ判決は、国家免除に関する各国の国家実行を詳細に検討し、近時説かれるようになった、「領域的不法行為」の例外についても検討している。この中で、ICJは、小和田裁判長の意向か、我が国の「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」の10条にも言及している(para. 70)。
これは、国家の行為を主権的行為(acta jure imperii)と私法的・業務管理的行為(acta jure gestionis)に区別した上で、後者については、他国の裁判権からも免除されないという制限免除説の立場に立つものである。
国際法学界では、従前から制限免除説が通説となっていたが、我が国では、昭和3年大審院決定が、国家は他国の裁判権から絶対的な免除を享有するという絶対免除説を説いていたことから、通説と国内判例が相反する状態が続いていた。しかし、平成18年7月21日、最高裁判例変更を行い、我が国も制限免除説に立つことを明らかにした。この最高裁判決を受けて立法化されたのが、上記の「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」である。
ところで、同法10条の文言(「外国等は、人の死亡若しくは傷害又は有体物の滅失若しくは毀損が、当該外国等が責任を負うべきものと主張される行為によって生じた場合において、当該行為の全部又は一部が日本国内で行われ、かつ、当該行為をした者が当該行為の時に日本国内に所在していたときは、これによって生じた損害又は損失の金銭によるてん補に関する裁判手続について、裁判権から免除されない。」)だけを読むと、今回問題となったイタリア国内におけるドイツ軍の行為については、イタリアの国内裁判権から免除されないようにも思える。
しかし、同法3条の規定(「この法律の規定は、条約又は確立された国際法規に基づき外国等が享有する特権又は免除に影響を及ぼすものではない。」)に注意が必要である。すなわち、国家免除は、慣習国際法上確立された制度であり、その要件および効果も国際法に基づくのであって、国内法に左右されるものではない。
ICJ判決は、国家の行為の中でも、主権的行為に属する最たるものである武力衝突時における軍隊の行為についての関係各国の国内裁判所の国家実行を検討した上で(para. 73-76)、武力衝突時に軍隊によってなされた生命、身体または財産に対する侵害行為に関する民事手続については、主権的行為に関する国家免除を適用するのが国家実行であり、それは法的確信(opinio juris)を伴うもので、慣習国際法であると認定した(para. 77,78)。
さらに、ICJ判決は、イタリアが主張した、ドイツの行為による侵害の重大性や強行法規違反を理由とする例外的に免除を認めない措置についても排斥した。
結論として、ICJは、ドイツに国家免除を認めなかったイタリア国内裁判所の措置は、慣習国際法に違反すると認定した(12対3)。
さて、ここで話は戻る。イタリアの国内裁判所でドイツが訴えられた経緯は、要するに、日韓と同じような話である。韓国は、こと日本相手となると、裁判所まで「超法規的」になる異常国家だが、イタリアのほうが一枚上手だったということかも知れない。