周遊きっぷより青春18きっぷを廃止しては


久々に日記を書こうと思うのは、「本業」の鉄道について、黙ってはいられない一大事だからである。

先週金曜日(2月15日)にJR旅客6社からひっそりと発表された「周遊きっぷ」の廃止は、「反国鉄」が社是のJRグループも、ここまでやるか、という思いだ。

周遊きっぷは、国鉄時代からの似て非なる商品である「周遊券」に代わり、平成10年4月から発売された、比較的新しい(と、言って違和感がないかは世代によるのだろうが)商品だが、一言でいえば、「鉄道に詳しくなければ、買うことすらできない」、一般旅行者にはおよそ使いようのないきっぷで、失敗商品といってよかった。その意味では、周遊きっぷの利用低迷は、当然の結果であり、今回の廃止も既定路線といえるのかも知れない。

しかし、使い勝手の悪いきっぷであっても、JR6社共通商品として発売されていたところに、「日本を鉄道で旅行する」客への最低限の配慮はうかがえた。当たり前のことだが、JR各社にとって、単価の高い長距離客は、本来、優良顧客であり、航空機などとの対抗上も、需要喚起型商品の設定は当然必要となる。

昭和45年の大阪万博閉幕後の輸送落ち込みを食い止めるため、国鉄は、「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンを打ち出し、国内の観光需要を喚起するとともに、北海道・四国・九州や東北・信州・山陰など、まとまったエリアの国鉄線・国鉄バスを自由周遊区間に設定し、往復乗車券をセットした「ワイド周遊券」、そのコンパクト版である「ミニ周遊券」の発売を開始した。

例えば、大阪市内発の北海道ワイド周遊券を例にとると、有効期間は21日間。往復のルートは、東京経由(東海道東北本線)でも、日本海経由(北陸・信越奥羽本線経由)でも自由に選べ(さらに、わずかの追加運賃で、十和田湖に立ち寄ることもできた)、道内は、特急・急行列車の普通車自由席が乗り降り自由だった。おそらく、現在、30代半ばより上の世代では、学生時代、このきっぷで北海道を旅した経験のある方も多いだろう。

広く親しまれた周遊券だったが、国鉄分割民営化が影を落とした。すなわち、国鉄という全国一体組織を前提とした商品設計が、路線ごとに会社が分かれ、運賃配分も厳格に行うようになったJRグループの元では相容れないというのである。もちろん(?)、こうした意見を最も強硬に主張したのは、東海道新幹線(東京〜新大阪)全線を管轄するJR東海であった。

また、周遊券は、有効期間が長かったこともあり、1枚のきっぷを複数の利用者で使い回すなどの犯罪行為(詐欺、鉄道営業法違反)や、特急通勤の定期代わりなど趣旨を外れた濫用も指摘された。

こうして、運賃の計算方や有効期間の定め方に通常の乗車券の考え方を採り入れて企画されたのが周遊きっぷだったが、往復の経路を購入時に指定しなければならないなど、自ら時刻表を調べ、ある程度複雑な乗車券の運賃計算ができる利用者でなければ、購入すらできない(そもそも、値段がいくらになるのかも分からない)きっぷとなってしまった。加えて、周遊券と比べて、大幅な値上げとなったことも、利用減につながったと思われる。

今回の周遊きっぷ廃止報道を受けて、「JRは、最初から安楽死を目論んでいた」という趣旨の辛口意見があるようだが、私は、そうは思わない。周遊きっぷを企画した当時のJRグループの営業担当者が、鉄道に乗るのは、必ずしも自分で時刻表を調べ、運賃も計算できるような利用者だけではないということを失念していたのだろう。

実際に、周遊きっぷ発売当初は、それなりに積極的なPRがなされていた。平成11年ころだったと記憶するが、JRグループ共通の大判ポスターで周遊きっぷが宣伝され、「201キロを超える恋と、日本の旅に」というキャッチコピーが付されていた。また、平成10年夏から平成12年春まで、当時のJR旅客会社の直営自動車事業部(北海道・四国・九州)、JRバス各社が展開した「バス旅フォトラリー」も、周遊きっぷの利用を推奨するものだった。

周遊きっぷの利用低迷は、JRにとっては「予想外」だったのかも知れない。遺憾なのは、その原因(商品の複雑・難解さ)を追求して改善する努力はいっこうになされず、「利用減」を理由とする周遊ゾーンの一部廃止がさみだれ式に繰り返された挙げ句、無為無策が極まる形で、今回の全廃に至ったことである。

周遊きっぷは、周遊券時代から続くJR6社の共通商品であり、JR各社の思惑に縛られない旅行ができた。現在、JR各社は、自社内完結の旅行宣伝・商品設計には余念がないが、例えば、首都圏(JR東日本)から山陰(JR西日本)へ、京阪神JR西日本)から東北(JR東日本)へ、といった、大半がJR他社区間の利用となる旅行に使える企画乗車券は、強いて言えば、「青春18きっぷ」を除き、皆無である。

JR6社は、青春18きっぷの発売は今後も継続するようだ。しかし、周遊券の見直しを主張したJR東海の言い分ではないが、青春18きっぷほど、全国どんぶり勘定のきっぷはあるまいし(発売駅によって、ある程度の傾斜配分はなされているが、詳細は営業秘密である)、もともとは、若者の貧乏旅行を主眼とした商品だったはずが、今や、高齢化社会の象徴か、時間も資力も持て余すシニア層が好んで使うきっぷに変質しつつある。

「フルムーン夫婦グリーンパス」など、シニア層への需要喚起型商品はほかにもあるのだから、営業戦略としては、昭和57年の発売開始から30年以上を経過したこのあたりで、青春18きっぷを抜本的に見直し、安過ぎる値段設定を改め(5回(日・人)分で1万1500円→同1万5000円程度)、さらには年齢制限(収入も安定してくると思われる30歳程度が妥当か)を設けるなどしたほうが、周遊きっぷの廃止より、よほど有意であろう。

JRグループは、優良顧客である長距離客をみすみす取り逃しているといわざるを得ず、鉄道の発展の上でも残念でならない。