この日を待っていた!

きょう、JR東海松本正之社長は、「2025年を目標に、首都圏〜中京圏でリニアの営業運転を開始したい」と、発表した。リニアの実現見通しについて、具体的な時期を含めて正式発表されるのは、初めてのことだ。

長い道のりだった。旧国鉄の技術研究所(現・財団法人鉄道総合技術研究所(JR総研))が、いわゆる「リニアモーターカー」の研究開発に着手したのは、1970年代に遡る。「新幹線の、つぎの鉄道」をめざし、昭和54年から、日向灘に面した宮崎県の実験線で、走行試験が始まった。決して、順風満帆ではなかった。平成3年には、車両火災に見舞われ、この経験を活かし、車両の防火構造が強化された。

宮崎で、技術の基礎を固め、平成9年からは、将来的に「中央リニア新幹線」(仮称)の一部をなす、山梨県の実験線に移り、JR東海とJR総研の共同で、実用化を見込んだ本格的な車両を開発し、試験走行を重ねてきた。平成15年12月、鉄道の世界最速記録である時速581キロを達成、平成17年3月には、国からも「実用化に向けての技術基盤は確立」と、お墨付きを得ていた。

残るは先立つもの、という状況にあったわけだが、東京−大阪間のリニア実現にかかる費用は、概算約9兆円。いかに、経常利益2130億円(平成18年3月期。連結)を誇るJR東海といえども、おいそれと負担できる金額ではない。同社の葛西敬之会長は、「リニアは国家的プロジェクト」と、単独での着工には慎重な姿勢も見せていた。

一方で、国民世論へのアピールに努めてきた。一昨年の「愛・地球博」にJR東海が出展した「超電導リニア、発進!〜陸上交通システムの限界を超えて〜」は、企業パビリオンで来場者数第一位に輝いた。

先月、葛西さんは、「国の支援をあてにして、前に進まないのはよくない」と、読売新聞のインタビューで発言され、ニュアンスに微妙な変化が窺われた。続けて、松本社長も、先月の定例会見で「当社がイニシアティブをとって進めていく」と、前向きな姿勢を示された。

そして、きょう。JR東海は、記念すべき第一歩を、確かに踏み出した。リニアの実現は、「鉄道のかたち」を一変させるだろう。「鉄道が元気な22世紀」は、すぐそこまで来ている。

追伸
さらに研究を深めたい各位は、拙著『JRグループ20年の展望』(4月1日付小欄)を、いま一度、お読みいただきたい。併せて、葛西敬之さんの『未完の「国鉄改革」』(東洋経済新報社、平成13年)も、強くお薦めする。