白き湖畔の村にて

stationmaster2006-02-19


今日は、幌加内町朱鞠内(しゅまりない)に泊まる。かつてこの地を走っていたJR深名線が廃止され、10年が経った。今から8年前、廃止代替のJRバスで初めて朱鞠内を通った時、その魅力に憑依された。

日本最大の人造湖朱鞠内湖があるのみで、観光名所があるわけではない。むしろ、逆立ちしたって、観光バスなどが大挙してやってこないのがいい。合掌集落の白川郷など、「観光産業」のせいで、何もかも打ち壊され、訪れると失望する。

それはとにかく、いつか、真冬に朱鞠内に泊まる、というのが夢だった。記録に残る日本最低気温・−41℃を記録した母子里(もしり)は、ここ朱鞠内から名寄方にわずか10キロほど行ったところというのも、私好みだ。

深川駅からJRバスで2時間半。案の定、途中からは「貸切」状態で、白一色の朱鞠内へ。今夜の宿は、郵便局(←ちなみに、朱鞠内郵便局は6年前に制覇済み)や、かつての鉄道駅などがある朱鞠内の集落から離れたところに、ポツンとある。JRバスの運転士は、私に宿を確かめると、宿の前でバスを止めてくれた。周囲は、見渡すかぎり、白無垢の原野。どうでもいいことだが、「金田一少年の事件簿」などで殺人が起こるのは、決まってこういうところである。

宿の女将さんが、「今日はキャンセルが出まして、お客さんは駅長さん一人です」と言う。適当に相槌を打っておくが、「キャンセル」があってもなくても、私一人だったに違いない。バスも貸し切りなら、宿も貸し切り。こんな贅沢、よそでは味わえまい。

お茶をご馳走になってから、宿の主人に長靴を借りて、周辺の散歩に出掛けた。朱鞠内湖畔までは少し距離があるので明日にとっておき、黄昏の原野を撮影。日が傾くと、みるみるうちに冷え込んでくる。程よく体が冷えた頃、宿に戻った。

夕食は、そば尽くし。主人手打ちのざる3枚に、そばの花をふんだんに使った料理が並び、見た目以上に満腹になる。予約した時、「そばアレルギーはありませんか?」と確認されたのも合点がゆく。幌加内町は、そばの生産量日本一を誇る。

現在、外気温−8.6℃。女将さんに「明朝は期待できそうですね」と言うと、「お客さん、寒いの好きでしょう。わかりますよ」と返される。恋愛にしても、何にしても、私はそんなにわかりやすい顔をしているかと思う。

宿のリビングルームには、クラシックが流れる。テレビなど不粋なものは要らない。真っ暗な屋外からは、物音一つしない。人間が住んでいるのが場違いのようにも思われる。

夢に見た朱鞠内にいるのだ、と私は頬をつねった。