梅田駅に消えた女

夕方、河原町駅から阪急京都線の特急に乗り込むと、ものすごい美人が目に入った。白人の、冷たい感じのする美人だった。

すでに窓側の席がさらりと埋まっていたのを奇貨として、私は、彼女の隣に座った。

彼女は、ホームの売店で買ったらしい、ビン入りの牛乳を飲んでいた。日本人なら、今時珍しいといえるが、彼女はなに人だろう―。私は、整いすぎた横顔を、ちらりと見た。

中国人や韓国人が見分けがつくように、白人でも、ロシア人とかドイツ人とか、ある程度推測がつくが、彼女は、わからない。ラテン系でないのははっきりしているが、イギリス人のようでもあり、オランダ人のようにも見える。年齢は、28歳くらいだろうか。

「すみません」

と、彼女が日本語で声をかけてきた。

「この電車、梅田駅まで何分かかりますか?」

正確な日本語だが、アクセントは、外国人のそれだった。

私は、「45分くらい」と答え、目を閉じた。

いつもなら、西院を通過して地上に出て、桂川を渡るあたりで夢の世界に入るが、今日は、隣の女が気になって、なかなか寝つけなかった。

うとうとしかけた時、彼女がハンドバッグから携帯を取り出す気配がした。

"Я буду на поезде."(ヤー・ブードゥ・ナ・ポーイスヂェ 「電車の中です」)

その一言に、私は、全身の神経が反応した。

ロシア語!!

思わず横を見ると、赤いボーダフォンの携帯を持っている。彼女がつぶやく"Да"(ダー 「ええ」)という相槌を聞きながら、私は再び目を閉じた。

梅田に着いて、通路側の私は、先に立ち上がった。ホームに降りて、少し歩いて振り返った。

ロシア美人は、大都会の雑踏の中に、溶け込んでいった。