捜査のはなし

高校時代のことだが、私は、生徒会の「監査委員」を務めていた。今日は、監査委員時代のエピソードを紹介しよう。

多くの学校ではそうだと思うが、生徒会の役員というのは、なり手がないものである。洛星の生徒会も例に洩れず、さすがに、生徒会長くらいは何人か立候補があって、選挙をしたように思うが、会計委員や監査委員などは、定員割れ(多くの場合、委員長1人のみ)の状態が続いていた。

ところで、監査委員とは、クラブ予算の適正な執行のため、クラブ費の使途を監査するのが主たる職務であるが、ある日、暇ひまに「生徒会則」を読んでいた私は、ある事実を知る。なんと、監査委員には、各クラブの部室への「立ち入り調査」の権限まであるのだ。

これほど強大な権限を、「活用」しない手はない。私は、定員割れだった監査委員に、まんまと就任した。高1の後期のことだった。

高1の時は、すでに先輩の監査委員長がいて、なかなか独自捜査はできなかったが、チャンスは、1年後にめぐってきた。

平成12年2月、平成11年度前期クラブ予算にかかる領収書が、会計委員長から回ってきた。各クラブから提出された領収書は、いったん会計を経て、監査に回されることになっている。

当時、監査委員長だった私は、膨大な領収書の束を、1枚ずつめくっていた。予算項目との突合せは、会計でも一通りやったはずだが、1枚の領収書に、目が止まった。

それは、文化系のあるクラブ(以下、「C部」という)から提出された領収書で、額面は「\1470」。市販の領収書用紙に手書きで書かれたもので、学校から1キロほどのところにあるH模型店の印があった。

それはいいのだが、何かがおかしい。「1470」の「1」の数字だけが、「浮いて」いるのだ。よく見ると、ペンのインクの種類が違うようである。「1」だけ、後から書き加えたのではないか。

領収書変造―。そう直感した私は、つぎの休み時間、監査委員3人を招集した。といっても、「監査委員室」などはないから、私のクラスの私の机に、である。

委員全員が、色めきたった。有印私文書偽造・詐欺未遂の疑いがある。私は、委員に箝口令を敷き、「捜査密行」の体制をとった。

平成12年2月19日土曜日の放課後、私は、監査委員全員を動員し、領収書を発行したH模型店に実際に委員を派遣、店員から任意で事情を聴いた。店員にすれば、まさか、一高校生徒会の「監査委員」なる者が、こんな調査に乗り出してこようとは夢想だにしなかったようで、調査の趣旨を説明するのが大変だった。

なんとか供述は得られたが、個人経営のその店では、領収書の謄本などは保管しておらず、また、店員の記憶も曖昧で、問題の領収書が変造であるとの確証を得ることはできなかった。

われわれは、学校に引き上げ、方策を練った。この領収書が変造されたものであることは、明らかだ。なんとか、それを客観的に証明できないか。

その時、一人の委員が、名案を思いついた。問題の領収書を裏から透かして見ると、他の文字は裏写りしていないのに、「1」の字だけがにじんでいるのである。違うインクで書かれた、なによりの証拠だ。われわれは、早速、問題の領収書の裏面をコピーし、証拠を保全した。コピーから吐き出された紙には、「1」の字だけが、くっきりと、逆さまに写っていた。

確証を得たわれわれは、会計委員長に事実関係を通報するとともに、C部の部長を「生徒会室」に呼び出し、任意で事情を聴いた(手元にある平成12年の手帳によると、事情聴取は2月22日)。部長は、領収書偽造の事実を知らなかったようだが、C部側は、問題の領収書にかかる予算請求を取り下げた。生徒会財産の散逸を未然に食い止めたわけで、監査委員の職責は、ここまでである。監査委員は、警察でも検察でもない。

だが、私は、それだけでは飽きたらず、2月29日の「生徒総会」で、全校生徒(といっても、高3はすでに卒業していたので、高1・高2だけだったが)を前に、「捜査状況報告」をしたのだった。ちなみに、この時の生徒総会は、「史上最も面白かった」と、いわれている。