この不可思議なるもの

産経新聞WEBより。

「国歌斉唱の義務ない」教職員の訴え認める 東京地裁判決

東京都教育委員会が卒業式などの行事で、教職員に国旗に向かっての起立や国歌斉唱を求めているのは、思想と良心の自由を定めた憲法に違反するとして、教職員ら401人が、起立と斉唱の義務がないことの確認のほか、慰謝料の支払いなどを求めた訴訟の判決が21日、東京地裁であった。難波孝一裁判長は「懲戒処分をしてまで起立させることは行きすぎた措置で違法」として原告側の主張をほぼ全面的に認め、都に1人当たり3万円の慰謝料の支払いを命じた。

都教委は平成15年10月、学校の式典での国旗掲揚や国歌斉唱時の起立などを求めた通達を出しており、これまでに通達違反として延べ345人の教職員が懲戒処分を受けた。判決は通達違反を理由にした処分も禁じており、都教委の対応に影響を与えそうだ。

訴訟では(1)教員らが国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務があるか(2)都教委の通達は違法か(3)教員らは通達によって精神的損害を受けたか−が主な争点となった。

難波裁判長は「日の丸、君が代第二次世界大戦が終わるまで軍国主義思想の精神的支柱だったのは歴史的事実」と述べた上で、反対する権利は公共の福祉に反しない限り保護されるべきで、起立や斉唱の義務はないと判断した。

通達については、「合理的な基準を逸脱している」とし、「教職員が起立や斉唱を拒否しても、式典の進行や、国旗と国歌に対する正しい認識を生徒に教えることを阻害するものではない」と述べた。

難波裁判長はこうした判断の上で、「原告の教職員は義務がないのに起立や斉唱を強要され、精神的損害を受けた」として、都に慰謝料の支払いを命じた。

都の中村正彦教育長は判決を受け「主張が認められなかったことは大変遺憾。判決内容を確認して今後の対応を検討する」とのコメントを発表した。

小泉純一郎首相は21日、国旗国歌の強制は違法とした東京地裁の判決に関連し「人間として国旗国歌に敬意を表するというのは法律以前の問題だ」と述べた。

わが母校・洛星には、校則と呼べるほどの校則はなかったが、一つ強調して教え込まれたのは、「公共心」だった。公共の場で、他人に迷惑をかけない、ルールに従う、というのは、社会生活を送るうえで、最低限のマナーである。

ところが、今度の訴訟を起こした人たち(しかも、学校の教師である!)は、そうは考えないらしい。職場である学校、それも卒業式などの式典の場で、自らの勝手な権利主張をすることが、憲法上の権利だというのである。

その態様というのも、尋常ではない。職務命令に反し、国歌斉唱に際し起立もしないのが許されるなどと考えているらしい。こういう先生たちを見て、生徒はどう思うだろうか。「起立」と号令がかかっても、先生は着席している―。

法的義務を云々するなら、全校集会で校長先生の話の後に「礼」をする義務もなければ、運動会の行進で足を上げて歩く義務も、法律上はない。

しかし、それでは「学校」は成り立たない。こんなに簡単なことが、先生たちにわからないというのだから、驚き呆れる。

戦後民主主義教育が、「権利」ばかり主張することを教えた結果、このような身勝手で自己中心的な人たちを生み出した。その罪過は、この上なく重い。