大惨事―三河島の記憶

不思議なことに全く報道されていないが、先週金曜日、JR西日本伯備線で、一つ間違えれば重大事故につながりかねない事象(インシデント)が発生した。

http://www.westjr.co.jp/news/newslist/article/061112b.html

以下で詳論するが、本件は、列車衝突事故(アクシデント)に至らなかったのが偶然にすぎない、重大インシデントである。

福知山線の事故以降、JR西日本は、たかだか数メートル程度の停止位置不良(いわゆるオーバーラン)事象まで、逐一プレス発表するようになった。そのこと自体は結構なのだが、些細なトラブルまで発表するあまり、重大インシデントが看過されるようになったのでは、本末転倒である。

本件の概要は、次のようなものである。

11月10日19時48分頃、伯備線井倉駅2番線(副本線)に停車していたディーゼル機関車単機回送列車(以下、「回送列車」という)は、隣の3番線(下り本線)にかかる下り出発信号機が「進行」を現示した(いわゆる「青信号」)のを、自車に向けての進行現示であると見誤り、副本線の下り出発信号機は「停止」現示であるにも拘らず、出発した。ポイントは、下り本線側に開通していたところ、回送列車が無理やり通過したため、部品が破損し、よって、同所において、信号転換不良が発生した―。

疑問なのは、「ATSは作動しなかったのか」ということだ。回送列車が副本線から出発した時、副本線の下り出発信号機は停止現示だったのであるから、これを冒進しようとすれば、当然ATSが作動するはずである。なぜ、運転士は、気づかなかったのか。

推測だが、おそらくこういうことであろう。ATSは、停止信号で作動するのみならず、「減速」「注意」「警戒」などの速度制限のある信号現示においても、鳴動する。自動車の運転をされる方には理解しにくいかもしれないが、鉄道の信号は、停止現示(赤信号)以外は、すべて「青信号」である。たとえば、「注意」現示ならば、時速45キロ以下という条件がついているものの、その信号機にかかる「閉塞区間」には、他の列車は絶対に在線しないことを示している。

ATSは、非常ベルで運転士の注意を喚起し、運転士が5秒以内にブレーキ操作をして「確認」ボタンを押下しない場合は、非常ブレーキが作動するものであるが、上記のように、ATSが鳴動する機会は多く、運転士は、ほとんど反射的に「確認」ボタンを押している。
(列車が大きな駅に着く手前などで、運転席から「ジリリリリ、キンコンキンコン…」という音がしているのを聞いたことがある方も多いだろう。これは、ATSが鳴動し、運転士が確認ボタンを扱った証拠である)

要するに、ATS確認ボタンを押下するときの運転士の心理は、「わかってるよ」というものであろう。ところが、本当はわかっていないこともある。本件が、まさにそうだったのではないか。

もっとも、「確認」ボタンを扱ったとしても、実際に停止信号を冒進すれば、その時点で直ちに非常ブレーキがかかるはずなのだが、本件でもブレーキは作動したが、ポイントまでに止まりきれなかったのか、あるいは、何らかの原因で非常ブレーキが作動しなかったのか、は明らかではない。

ところで、本件インシデントは、回送列車が止まっていたのとは別の線路である、下り本線にかかる下り出発信号機が「進行」を現示したことが引き金になっている。なぜ、下り本線の出発信号機が青信号になったのか。その理由を知れば、冷汗が出るに違いない。

なんと、回送列車が井倉駅を発車しようとしたちょうどその頃、下り特急「やくも23号」が、井倉駅下り本線を通過しようとしていたのである。結果的には、回送列車が、停止信号を無視して出発したため、下り本線の出発信号機は直ちに「停止」現示に切り替わったはずなので、列車どうしの追突事故には至らなかったものの、「やくも23号」の接近がもう少し早ければ、あるいは、回送列車の出発がもう少し遅ければ、下り方ポイントのところで、回送列車が「やくも23号」の側面に突っ込んでいた―。

これは、死者160人を出した昭和37年の「三河島事故」と、全く同じパターンである。三河島事故を契機に、国鉄は、昭和41年、在来線全線へのATS設置を完了したが、その教訓が、改めて問われている。