合衆国最高裁判決を読む

法律学、とりわけ実定法の解釈にあたって、判例を参照しないことはない。それは、「国際法」においても同じである。ただ、国際法の場合、刑法や民法などの国内法と違い、対象となる裁判所の幅が非常に広い。わが国の最高裁はもちろん、国際司法裁判所(ICJ)、さらには外国の裁判所の判決も参照することがある。

判例集を読んでいたところ、原典を紐解きたくてたまらない判決が出てきた。それは、1900年1月8日の合衆国連邦最高裁判所判決(パケット・ハバナ号事件。THE PAQUETE HABANA, 175 United States Supreme Court Reports, p.677)である。

判例集では、こう要約されている。

…最近文明国の仲間に加入を認められた大日本帝国も、日清戦争が開始された1894年に勅令により捕獲審検所を設立し、沿岸漁業に従事する漁船は敵船であっても拿捕の対象外とした。…
(『判例国際法(第2版)』26頁・東信堂・2006年)

19世紀、合衆国の連邦最高裁が、いかなる表現で「文明国の仲間に加入を認められた大日本帝国」と判示したのか、確かめずにはいられなかった。

まず、連邦最高裁のHPへ。
http://www.supremecourtus.gov/index.html

"Docket"(訴訟記録)から検索できるのかと思ったら、できない。最高裁のページからリンクされている"FindLaw"という登録制(無料)の判例データベースにユーザー登録して、ようやく原典にたどり着いた。さっそく、問題の箇所を読んでみる。

And the Empire of Japan (the last state admitted into the rank of civilized nations), by an ordinance promulgated at the beginning of its war with China in August, 1894, established prize courts, and ordained that 'the following enemy's vessels are exempt from detention,' including in the exemption 'boats engaged in coast fisheries,' as well as 'ships engaged exclusively on a voyage of scientific discovery, philanthrophy, or religious mission.' Takahashi, International Law, 11, 178.

"civilized nations."――「国際法」は、英語で"international law"だが、"law of nations"と言われることもある。現在は、どちらの用法でも違いはないが、後者は、伝統的に「諸国民の法」「万国公法」と呼ばれてきた系譜に属する。そこでの"nations"とは、すなわち西洋近代国家を意味し、野蛮な未開国家は、相手にされなかった。

そのような思想が色濃く残っていたに違いない1900年当時にあって、合衆国の最高裁は、"Empire of Japan"は国際法の適用のある文明国家だと認識していたのだ。さらに、引用部の最後、「タカハシ」という日本人学者による『国際法』の文献が参照されていることは、驚嘆に価する。西洋に負けない近代立憲国家を創り上げた、明治の父祖たちの偉大さを、改めて思い知る。

さて、なかなか苦労して手に入れた判決文なのだが、これを書きながら、Googleで出典"175US677"と検索してみると、無料のデータベースにヒットしたようで、たちまち全文が表示された。最初から、こうすればよかった。