日露関係をめぐる一考察

ロシアのイメージを一言で言えば、と多くの日本人に問えば、「寒い、暗い、怖い」といった答えが並ぶであろう。それほど、わが国のロシアに対する印象は、良くない。昨年には、ロシア情報機関の元スパイがロンドンで毒殺される事件も発生し、「怖い国」のイメージが増幅されている。

外国との関係を考えるうえで、まず大切なことは、「国=統治機構(政府)」という誤謬に陥らないことである。例えば、プーチン大統領の政治手法は強権的だと批判されるが、それは、ロシアの統治機構についての批判であって、ロシアという国そのものを色眼鏡で見るべきではない。

そうはいっても、国際場裏における第一義的な行為主体は国家であり、外交関係は日露両政府の問題である。だが、「民間外交」という言葉があるように、国と国との関係は、政府レベルにとどまるものではないのである。

近代以降、日露両国は、大陸権益をめぐって戦火を交えてきた。わが方勝利の日露戦争後、日露関係は一時的に好転したが、ロシア革命後のシベリア出兵、満ソ国境での軍事衝突、そして、日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連の参戦で、日露関係は決定的に悪化した。その過程で生じた、日本人のシベリア抑留・北方領土占領は明白な国際法違反であり、被害を受けた日本として、ロシアに対する国民感情が硬化するのも、やむをえないところがある。

しかし、過去の問題を引きずるあまり、時代に適合した戦略的パートナーシップを築けないことは、わが国益に反する。エネルギー資源を輸入に頼らざるをえない日本として、南シナ海シーレーン防衛はもちろん重要であるが、東シベリアやサハリンにおける資源開発にも、無関心でいるべきではない。

近年、プーチン政権は、露骨な「資源外交」を進めている。その手法には欧州諸国から批判があるが、プーチン大統領は、ロシアの国益を驚くほど冷静に見据えている。今年初め、天然ガス供給をめぐって、ともにCIS(独立国家共同体)を構成する友好国・ベラルーシと、一触即発の事態に至ったことが象徴するように、いかなる相手に対しても、国益最優先外交を貫いている。「9.11」後、合衆国の「対テロ戦争」に協力し、ロシアの「裏庭」である中央アジア諸国に、NATO軍の駐留をも認めたことを、想起すべきである。この姿勢こそ、日本も見習わなければならない。

現在の日本政府のロシア外交は、プーチン大統領にとっては不満に違いない。日本が「北方領土四島返還」という原則論を一歩も譲らない現状では、交渉するメリットがないからである。繰り返すが、それは、プーチン大統領が日本が嫌いだからではなく、ロシアの国益を踏まえての冷静な判断である。私は、プーチン大統領自身は、知日家だと思っている。大統領は、「柔道」の有段者でもあるし、2003年、トヨタ自動車が、日系メーカーとして初めて、サンクト・ペテルブルクに工場を建設した時には、大統領自ら、祝賀式典にモスクワから列席したほどである。

日本政府には、大所高所に立って、未来志向の対露戦略を練っていただきたいが、それに加えて、重要なのは民間外交の強化である。日露両国は、最も近い隣国どうしなのだ。私は、これまでに2回、ロシアを旅してきたが、ロシア人は、個人では「いい人」が多い。「怖い国」という先入観にとらわれず、多くの日本人が、ロシアを訪れることを期待したい。もちろん、そのためには、最小限のロシア語は欠かせない。

戦前の日本指導層には、陸軍出身の田中義一首相をはじめ、ロシア語に堪能な人材も多かった。外国語を学ぶことは、すなわち、その国の文化を学ぶことでもある。英語を話せることが、「国際人」だと思っていれば、それは大間違いである。自国の歴史・文化を愛し、誇りをもったうえで、他国の文化を幅広く尊重する姿勢こそが、なによりも重要である。それは、『新約聖書』における「己を愛するがごとく、隣人を愛せよ」という言葉の真意でもある。

ロシアについて、より深く学びたい各位は、下記サイトを参照されたい。

日本国外務省「各国・地域情勢」ロシア連邦
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/russia/index.html

日本国駐箚ロシア連邦大使館
http://www.embassy-avenue.jp/russia/index-j.htm

拙著「『二島返還』論を検証する―日露の主張はいずれが正当か」
http://hp1.cyberstation.ne.jp/gca_gr/opinion/hoppou.htm

拙著「ロシア駐在武官レポート」
http://hp1.cyberstation.ne.jp/gca_gr/russia.htm