殉職―あなたを忘れない

「警察官心得」には、つぎの一文があるという。

「事に臨んでは、身の危険を顧みず、任務を遂行すること」。

今月6日、東武東上線ときわ台駅構内の踏切に侵入した女性を救出・確保しようとし、急行電車にはねられて、意識不明の重体に陥っていた、警視庁板橋警察署の宮本邦彦巡査部長(53歳)が、きょう午後、亡くなられた。

宮本巡査部長の行動は、上の「心得」を体現するものである。ご冥福をお祈りするとともに、最大限の敬意を表したい。

さて、この事故をめぐっては、なんとも歯がゆいところがある。事故当時、駅のホーム・踏切周辺の路上には、多くの人がいて、必死に手を振る宮本巡査部長の姿が目撃されていた。ところが、「非常停止ボタン」を押した者は、一人としていなかったのである。

都市部の鉄道の踏切・駅ホームには、踏切内でのエンストや、線路内への転落などに備えて、接近中の列車を緊急停止させる「非常停止ボタン」が、必ず設置されている。もちろん、非常時でもないのにみだりに発報すると、鉄道営業法違反または偽計業務妨害罪に問われるが、本件のような非常時には、駅係員でなくともこれを扱ってよいし、また、そうすることが期待されている。

折しもいま、日韓合作映画『あなたを忘れない』が公開中だ。平成13年1月26日、山手線新大久保駅で、ホームから転落した男性を助けようとした、カメラマンと、韓国人留学生が、進入してきた電車に轢かれて、亡くなった事件を描いたものである。

実は、ホーム上の「非常停止ボタン」は、この新大久保駅の痛ましい事故を契機に、全国に普及したものだ。だが、せっかくの非常ボタンも、非常時に適切に押下されないと、なんの意味もない。

各位におかれては、今度電車に乗る機会があったら、駅のホームで、「非常停止ボタン」の位置を、必ず確かめておいてもらいたい。そして、いざという時は、躊躇わずに、列車を止めてほしい。

線路上で失われる命は、もう見たくない。鉄道を愛する私からの、切なる願いである。