危機管理

「ついにやったか―」。

高知空港で発生した、ANAグループのボンバルディアDHC8-Q400型機(以下、Q400という)の緊急着陸事案を聞いて、咄嗟にそう思った。

Q400は、老朽化した国産旅客機・YS11(昨年9月全面引退)等の置き換えを図るため、JALANA両グループが、平成15年以降導入を進めてきた新型ターボプロップ機(いわゆるプロペラ機)だ。ジェット機並みの巡航速度と、メンテナンスフリーを売りに、「ローカル航空路線のホープ」として期待されていた。ところが、すでに報道されているように、ライン就航当初から、ギア(飛行機の脚)の格納を示すランプの不具合や、油圧系統の不具合が多発し、航空関係者の間では「要注意機」という認識だった。

昨年2月には、常用の油圧装置ではノーズギア(前脚)を出せず、非常用の機械装置を使ってギアを出すという事象(インシデント)も発生していたが、今回は、その非常手段さえも機能しなかった。それにしても、使えなかったのがノーズギアだったからまだよかったものの、機体を支えるメインギア(主脚)が同様の事態に陥っていたら、と思うと、事態は深刻である。

技術面の原因究明は、航空・鉄道事故調査委員会に委ねるとして(ところで、高知空港の映像を見る限り、例によって警察も出動したようだが、いったい、被疑事実は何だというのであろう)、現時点で、私が注目したいのは、今回の事故機の機長(36歳)の冷静な対応である。

マスコミの論調は、胴体着陸を成功させた機長の操縦技量を賞賛するものが多いが、ノーズギアが使えない場合の緊急着陸くらいは、エアラインのパイロットとして、最低限の技量であり、特段驚くことではない(天候が味方してくれたことも大きいが)。むしろ、機長の資質に、感服した。

客室に向け、正確な情報を、わかりやすくアナウンスし、「私たちは、このような事態を想定した訓練を重ねていますので、ご安心ください」と、パニックの発生を防いだという。もちろん、緊急着陸の決行前には、乗客に安全姿勢を指示することも、忘れていなかった。

まだ若い機長なのに、危機管理は完璧である。ANAグループのパイロット養成過程が、しっかりしている、ということでもあろう。

そう考えたとき、業界は異なれど、対照的な事例を思い出さずにはいられない。

2年前のJR西日本福知山線事故における事故列車の車掌と、出勤途中で乗り合わせていた同社社員らの対応である。事故発生直後、車掌は、線路に降り、壊滅状態の前方車両に向かいながら、業務用携帯電話で総合指令所に電話するのだが、指令員から「何を言っているのかわからない」と言われるありさまであった。

乗客が線路に下りているのを認め、危険を感じた後続列車の運転士が、現場へ走ってゆくと、この車掌から、「電話代わって」と、携帯電話を差し出される。事故列車の運転士と勘違いしているのではないか、と思った運転士は、「後続列車の運転士ですよ」と言ったが、車掌は「呆然とした感じ」で、「とにかく代わって」と、要求したという。結局、指令所が、あの惨事の全貌をつかめたのは、この後続列車の運転士が、一問一答形式で質問に答えてからだった(事実認定は、いずれも航空・鉄道事故調査委員会「調査報告書(案)」による。以下同じ。http://www.mlit.go.jp/araic/参照)。

また、車掌は、事故直後、接近する他の列車を緊急停止させる「防護無線」のスイッチを押してはいたが、非常用電源への切り換えを忘れていたため、作動しなかった。もっとも、電源切換えの必要性については、JR西日本が乗務員に周知徹底していなかった事実があり、車掌だけを責めるのは酷な面もあるが、結果的に、最後まで防護無線は発報されなかった。反対方向から接近していた特急列車が現場に突っ込むという、最悪の二重事故を免れたのは、通りかかった近所の主婦が、機転を利かせて、踏切の「非常ボタン」を押したためだった。

現在、JR西日本では、「安全憲章」を定め、社員の訓練も行なっているが、「併発事故の防止」「お客様の救護」という、鉄道員として最も基本的な事項が、あの事故まで忘れ去られていたというのは、信じ難い思いである。

ちょうど3年前の今頃、JR東海の人事面接で、「将来はどんなJR社員になりたい?」と尋ねられた私は、こう答えた。

「現場の社員が、働きやすい環境を作りたいです」

人事課の課長代理さんは、「stationmasterくんらしいね」と、感心した、とも、呆れた、ともとれる反応をされたが、私は、評価していただけたのだ、と思っている。

輸送機関の「キャリア」(総合職)の仕事は、会社全体の舵取り役であると同時に、第一線の現場を、「正しい」方向に導くことである。安全に、王道はない。日々の業務のなかで、不断の努力を重ねることこそ、最良の危機管理なのだ。