小学生にもわかる!対話で学ぶ国際法

まえがき

先日、某所で高校時代の友人たちと飲んでいたところ、「お前の日記は難しすぎる」との指摘を受けた。たしかに、「日記」というよりは、「論説」的な内容が多い点については、反省しないではない。

だが、彼らは、こうも言った。「小学生でもわかるように書け」。

そこで、今回は、小学生のN君(仮称)が、新進気鋭の国際法学者・M教授の研究室を訪ねた、という想定で、対話形式で書いてみることにした。法学部生にも、今ひとつなじみの薄い実定法科目である「国際法」に、少しでも興味をもっていただければ幸いである。

なお、内容が、相変わらず「日記」とは言い難いのは、お許しいただきたい。

(中学受験を控え、時事ニュースに関心のあるN君は、K都大学法学部のM教授研究室を訪ねた)

N君「M先生、最近、国会で『テロ特措法』っていうのが話題になってますね」

M教授「よく知ってるね。どうして、問題になるんだと思う?」

N君「社会科で習いましたが、日本には、『戦争放棄』を定めた憲法9条があって、『武力行使』が禁じられているからだと思います」

M教授憲法9条、ね」(M教授はそう呟くと、不敵な笑みを浮かべ、続けて)
「まあ、それはそうだね。憲法は、『この国のかたち』というべきものだから、きちんと守らなくてはいけない。ところで、憲法は、日本の国のあり方について、日本が決めたものにすぎないよね。今回、問題になってるような、国と国との関係は、一つの国の憲法で決まるものなのかな?」

N君「…よくわかりません」

M教授「じゃあ、例を挙げて説明しよう。地球上の全ての国の集まりを、『学級会』にたとえてみる。このとき、学級会でのルールは、一人ひとりが決めるものかな?」

N君「一人ひとりが好き勝手に決めたんじゃ、ルールにならないと思います」

M教授「そうだね。学級会でのルールは、クラス全員で話し合って決めるもの。国と国との関係も同じで、それを規定しているのが、『国際法』というものなんだ」

N君「じゃあ、先生が研究している国際法っていうのは、世界中の国の代表の人たちが、話し合って決めたものなんですか?」

M教授「いい質問だね。国際法には、大きく分けて、『条約(法)』と、『慣習国際法』というのがあって、いまN君の言った、国際会議なんかで話し合って決めるのは、条約法というんだ。でも、国際法の世界では、もう一つの慣習国際法が重要になることが多いんだよ」

N君「へぇ。それは、どうしてですか?」

M教授「さっき、国と国との関係を学級会にたとえたね。学級会だと、話し合いがこじれても、担任の先生が出てきて、話をまとめてくれたりするよね」

N君「はい」

M教授「ところが、国際関係は、そうじゃないんだ。一つひとつの国は平等で、それぞれの国が、条約の解釈適用権をもっている。学級会のような先生は存在しない。これは、国際法の大原則の一つで、『主権平等原則』っていうんだけれど、その帰結として、国によって考え方が真っ二つに分かれるような問題で、条約を作るのは大変なんだ」

N君「でも、それだと、なんでもありの世界にならないんですか?」

M教授「そこで意味をもつのが、もう一つの慣習国際法っていうルールなんだ。このルールがどうやって出来上がるかについては、難しい話になるから省略するけど、学校のクラスにたとえて言えば、『掃除の時間には全員で机と椅子を後ろに下げる』とか、いちいち書かれてはないけど、みんなが実際にそうしていて(「一様な慣行」)、そうするものだ、と認めている(「法的信念」)ルールのことだ。いくら、自分で机を下げるのは嫌なお友達がいて、掃除当番がすべきだと思っていたとしても、それは通らないよね。国際関係も、同じなんだ」

N君「えぇと、それで、テロ特措法ですが…?」

M教授(やや慌てながら)「え?ああ、国と国との関係を決める、国際法というルールがあるのはわかってくれたかな。その国際法に、『武力不行使原則』というルールがあるんだけど…」

N君「ブリョクフコウシゲンソク?」

M教授「さっき、憲法9条の話が出たけれど、憲法9条1項は、実は、国際法のルールでもあるんだ。それが、武力不行使原則。国は、他の国に対して、武力を行使してはいけない、というルールがあるんだ。お友達に、暴力を振るってはいけない、というのと同じだね」

N君「ちょっと待ってください、先生。小学校の担任の先生は、『憲法9条は日本の宝。これを変えると、アメリカみたいに戦争する国になってしまう』と、おっしゃってましたけど…?」

M教授「まだ、そんな馬鹿なことを言う先生がいるんだね。今の国際社会で、自由に戦争していい国なんて、世界中どこにもないんだ。憲法9条があるから戦争が駄目なんじゃなくて、国際法で決まってることなんだよ」

N君「では、アメリカは実際にイラクで戦争をしていますが、あれは国際法違反なんですか?」

M教授「うん、もっともな疑問だ。そこで、ちょっと考えてほしいんだけど、暴力を振るってはならない、これは当然のこと。じゃあ、何もしていないのに、いきなり、隣町の小学校の不良に殴りかかられたら、N君はどうする?」

N君「逃げるが勝ち!」

M教授「壁際に追いつめられて、もう逃げられないようなときは?」

N君「…うーん、助けを呼べればいいけど、それも無理なら、一発くらい殴るかな」

M教授「そうだね、やられそうなときに反撃するのは、当たり前のことで、ルール違反ではない。それは国際法でも同じで、他の国から、自分の国に対して、違法な武力攻撃がなされたとき、攻撃してきた国に対して反撃するのは、当然の権利として許される。この権利のことを、『(個別的)自衛権』というんだよ」

N君「でも、先生、アメリカはイラクから攻撃を受けたわけではありません」

M教授「その通り。実は、武力不行使原則には二つ例外があって、一つは、自衛権が行使されるとき。もう一つは、国連の『集団安全保障』措置が発動される場合だ」

N君「シュウダン…。あ、それ聞いたことあります!日本の同盟国のアメリカが攻撃を受けたときに、日本が反撃できるか、っていう話でしょう?」

M教授「ブー!N君がいま言ったのは、『集団的自衛権』だ。言葉は似てるけど、集団安全保障と集団的自衛権とは、まったく別の概念だから、しっかり区別する必要があるね。やられたらやり返す、という自衛権には、二つあって、自分が攻撃を受けた場合の個別的自衛権、そして、同盟国が攻撃を受けた場合の、集団的自衛権。どちらも、国連憲章51条で認められた、国家の当然の権利だよ」

N君「じゃあ、日本も持ってるんですね」

M教授「もちろん。でも、日本政府の見解は、『国際法上保持しているが、憲法上行使できない』となっている。憲法9条1項は、もともと国際法の武力不行使原則を確認したものなのに、日本だけ、おかしな解釈をしているんだ。それはともかくとして、集団安全保障は、学級会でいうと、お友達を殴って泣かせてしまったいじめっ子を、クラスみんなで懲らしめる制度だよ」

N君「でも、それは先生の役目だと思います」

M教授「その通り。だけど、国際社会で、『先生』っているのかな?」

N君「うーん…」

M教授「国際社会では、先生のような、個々の国を超えた主体というものは存在しないんだ。国連は、あくまで、国の集合体、つまりは、学級会にすぎない。全ての問題を、学級会で解決しないといけないとなると、みんなでいじめっ子を懲らしめるような措置も、必要だと思わない?」

N君「そう思います」

M教授「もちろん、理由はどうあれ、戦争状態が発生するのは好ましいことではないよね。人が死ぬんだから。だけど、先に手を出した悪い国を放っておくと、もっと被害は大きくなってしまう。みんなでそれを防ごう、という国連の集団安全保障システムは、戦争を繰り返してきた人類がたどり着いた、一つの智恵なんだ。イラクは、旧フセイン政権時代、隣のクウェートに武力侵攻して、国連安保理の決議に基づいて、アメリカをはじめとする多国籍軍が、イラクを撃退した。いったん、停戦条件が決められたんだけれど、イラクはそれを無視して、挑発するような行動を繰り返した。そこで、停戦決議違反ということで、フセイン政権を倒したのが、4年前の『イラク戦争』だよ」

N君「じゃあ、イラク戦争は、『戦争』って言ってるけど、アメリカが戦争を仕掛けたんじゃなくて、集団安全保障ってことなんですね」

M教授「そういうこと。アフガニスタンに対する作戦は、アメリカの個別的自衛権の行使で始まって、安保理もはっきりと認めたもの。テロ特措法では、イラク戦争との関係も問題になってるけど、どちらも、ルール違反の武力行使なんかではない。国際法上、正当な作戦に加わることができないというのは、やっぱりおかしい」

N君「なんで、そんなことが問題になるんでしょう?」

M教授「そうだね。戦後の日本は、日米安保のおかげで、『国防』というものを、意識せずに過ごしてきた。国民の生命・身体・自由・財産を守るのは、国のもっとも重要な責務なのにね。しまいには、『憲法9条があるから平和が保たれる』と、フィクションにフィクションを重ねる人たちが出てきて、どうしようもない状況になってしまってる」

N君「なんだか、不安…」

M教授「まったく、この国はどこに向かうのか…。憂うべき現状だけれど、これからの日本を支えるN君たちが、しっかりした自分の考えを持つことが、大切だよ。ところで、N君、将来の夢は?」

N君「電車の運転士さん!」

M教授「ハハハ。実は、先生も電車の運転士さんには憧れたよ」

N君「本当?」

M教授「もちろん。何になるにせよ、学校にいる間は、幅広く勉強すること。とくに、歴史。どれだけ英語ができても、自分の国の歴史も知らないようでは、世界の人から馬鹿にされるよ」

N君「よくわかりました。今日は、ありがとうございました」