福知山線事故書類送検に思う

平成17年4月25日に発生したJR福知山線列車事故を捜査してきた兵庫県警の尼崎東署捜査本部は,JR西日本山崎正夫社長らを,業務上過失致死傷の疑いで,週明けにも書類送検(事件の記録を,起訴・不起訴を決定する権限を持つ検察官に送ること)するようだ。

数ある犯罪の中でも,「過失犯」というのは不思議なものである。

私は,ロースクールにいたころ,ある刑事裁判官から,飲み会の席で,こんなことを言われたことがある。
「過失犯っていうのは,不思議なものだ。我々が,台所でフライパンを引っくり返しちゃうのと同じ程度のミスで,人って死んじゃうんだ。フライパンを引っくり返すのは犯罪にならなくて,人が死んだら犯罪,っていうのは,本当は,おかしいんだな」

私の考えは,以前から小欄で繰り返し書いてきているとおりで,これを聞いた私が大きく頷いたのは,言うまでもない。

法律上も,「故意犯処罰の原則」といって,犯罪は,故意に(犯罪事実を認識・認容して)犯したときに成立するのが原則である。牧歌的な時代は,それでも不都合はなかった。ところが,産業化や高速交通機関の発達は,自動車の運転などがその典型のように,社会的には有用だが,他人を傷つける危険のある行為を生んだ。

そこで,自らの行為が他人を傷つけるかもしれないという「予見可能性」のあるときに,当該行為の際,他人を傷つけないために尽くさなければならない「注意義務」(結果回避義務)を定め,その義務に違反して人を傷つけた者を処罰するのが,過失犯である。

注意しなければならないのは,事後的に振り返って,「あの時点でこうしていれば,事故は防げた。にもかかわらず,それをしなかった過失がある。だから犯罪だ」とはならない,ということだ。それは「結果責任」を負わせるのに等しく,個人の行動の自由は著しく制限され,社会的便益という観点からもマイナスである。

福知山線事故について,兵庫県警は,現場のカーブにATS(自動列車停止装置)を設置していれば事故は防止でき,平成9年の線路付け替え当時,鉄道本部長を務めていた山崎社長らは,ATS設置を怠った過失がある,と判断した模様だ。

しかし,制限速度を大幅に上回る速度で故意に列車を走らせる運転士などいないというのが鉄道人の「常識」であった。鉄道の信号機や速度制限は,絶対的なものであり,すべての運転士は,見習い期間中に,そのことを徹底的に叩き込まれているはずである。

それでもなお,運転士が制限速度を超過して運転するかもしれないから,カーブにはATSを設置せよなどというのは,鉄道の現場を知らぬ机上の空論でしかない(ちなみに,同じ指摘は,閉塞システムを前提とした鉄道信号と,単に交通整理を目的とした道路信号の違いすら理解せず,列車運転士に対し「青信号でも止まって確認する義務」を課した,信楽事故民事第一審判決にも当てはまる)。

鉄道の速度制限箇所にATSが必要だというのなら,道路の信号について,赤信号無視が絶えないにもかかわらず,なんら対策を打たない各都道府県の公安委員長の方こそ,業務上過失致死傷罪に問われなければならない。

言葉は悪いが,「復讐」に燃える列車事故のご遺族の心情はお察しするが,少なくとも刑事事件としては,私が主任検察官なら,間違いなく「罪とならず」で不起訴処分である。