ひかりとのぞみ

今日は夕方の列車で長春に移動する。昼過ぎまでハルピンでゆっくりできるが、私はいわゆる「市内観光」が嫌いだ。鉄道に乗っているだけで満足なのだが、外国では、なかなかタイトなスケジュールは組めない。

お気に入りの、キタイスカヤ(中央大街)に出かける。平日の昼間なのに人通りは多い。ふらりとロシア商品を売っている店に入り、マトリョーシカを眺める。昨年ロシアに行って以来、マトリョーシカが大好きになってしまった。伝統的なものから、大小いろんな柄・装飾のものがあるが、ビンラディンマトリョーシカには、笑えなかった。モスクワでは、ヒトラーマトリョーシカを見たが。

中国でマトリョーシカを買うなど、スーパーの「駅弁市」で地方の駅弁を買うようなものだから、買いはしない。ただ、店の中で一つだけ、欲しい物があった。

それは、キャビア。昨年ロシアに行った時、帰りの空港で買おうとしたら、チョウザメの禁漁期間だとかで、全く置いてなかった。市場に出回ってるのはほとんどが密漁品という意味が、わかった気がした。

それはとにかく、目の前にはキャビアがうずたかく積んである。いくつか種類はあるが、一番安いものだと1瓶50元(750円)。話のネタに買うだけだから、これでよいだろう。店員はしきりに高い種類のほうを薦めてくるが、そもそも私は中国語がわからないのだから、説得されるわけがない。

昼食は西洋料理店で、ボルシチと壷焼きビーフシチュー。とことんロシア料理にこだわった。食後はロシア風にチャイ(紅茶)、といきたかったが、日本を発ってからうまいコーヒーにありつけず、禁断症状気味だったので、コーヒーにした。まずくはないが、うまいとも言えないコーヒーだった。

列車は、暗闇を突いて定刻に走っている。あと1時間で、長春だ。長春は、昭和7年に建国された満州国の首都で、当時は「新京」と呼ばれた。わが国の明治維新後の事実上の首都(正式には、京都からの遷都はされていない)が「東京」で、日本統治下のソウルは「京城」。日本人は、とことん「京都」が好きだ。

昔話ついでに、おそらく読者の誰も知らないトリビアを一つ。戦前、内地から新京に向かう場合、下関から国鉄の連絡船で釜山に渡り、釜山から列車で朝鮮半島を縦断するのが最短ルートだったが、釜山を朝に出る新京ゆき急行が「ひかり」で、夕方の列車が「のぞみ」であった。

「のぞみ」と「ひかり」。平成4年に、「ひかり」「こだま」だけだった東海道新幹線に「のぞみ」が加わった時、戦前満州に赴任していた多くの日本人は、胸を熱くしたことだろう。

写真は、伊藤博文が凶弾に倒れたハルピン駅。