帰国

10日間の東南アジア3ヵ国(タイ・ミャンマー・マレーシア)歴訪を終え、今朝、関西国際空港(KIX)に帰着した。往復ともKIX発着便を利用するのは、平成14年夏の台湾・香港・中国(新疆ウイグル自治区)取材以来だ。

今回は、私にとって久々の同行者がいる旅だったが、予想通り(?)、取っ組み合いの喧嘩まで勃発するわ、待ち合わせ場所をめぐって混乱するわ、少なからぬ波乱もあったが、それなりに楽しかった。たまに殺意を覚えたりもするが、宿泊代は割安になるし(海外のホテルは、一室あたりで料金が決まるので、2人で泊まれば半額になる)、大勢で食事すれば、同じ料理でもおいしくなる。もっとも、これらを総合考慮したとき、軍配はなお一人旅に上がろうが。

そういう次第で、一人旅なら、手持ち無沙汰から携帯を開き、日記を書いたりするのだけれど、今回は話し相手がいたせいか、なかなか携帯を触る機会がなく、「特派員レポート」も、ヤンゴンが最後になってしまった。旅の内容については、近日中にまとめるとして、今日は、帰国時のエピソードを紹介したい。

前にも書いたように、同行者がいるとはいっても、日本発着の国際線は全員バラバラ。一人は、マレーシアには行かずにバンコクから「直帰」したし、もう一人は、ソウルへ寄り道している。

東南アジア(または中南米・中東・アフリカ)諸国へ行かれた方ならご存知と思うが、これらの感染症汚染地域からの到着便では、検疫質問票(黄色の用紙なので、イエローカードとも呼ばれる)が配られる。旅行中に、下痢・発熱・嘔吐・黄疸などの諸症状があった場合は、その旨、記載して、検疫官に申告せねばならず、虚偽回答・回答拒絶は、検疫法により罰せられる。これが、「検疫」である。

ところが、出入国手続のうち、検疫の役割は軽んぜられている。東南アジア諸国などでは、一度も下痢にならない旅行者のほうが珍しいのではないかと思うが、ツアーなどの場合、添乗員が、「ややこしいので、『症状なし』にチェックしてください」と、検疫法違反を「教唆」する例まであると聞く。結果、ほとんどの人が「無症状」で、フリーパス状態になっている。

今回、私は、ミャンマー最終日あたりからお腹をこわした。といっても、何度もトイレに駆け込むような重症ではなく、誰でも罹患するような、いわゆる「旅行者下痢」である。それだけならいいのだが、喉が痛く、鼻もグズグズしてきた。倦怠感や悪寒はないが、発熱しても気づきにくい病気もある。そこで、マレーシア・ペナン島の薬局で、体温計を購入して測定したが、37℃程度の微熱で、ひとまず安心した。が、風邪の症状がある。さて、申告すべきか。

ふつうの人なら、面倒を嫌って申告しないところだろうが、「世界旅行者」を自負する者として、検疫の検査を受けてみるのも、一つの経験だろう。そう考えた私は、質問票に、正直に記入した。

機械的に質問票を受け取るだけという、ルーティンワークをこなしていた若い女性の検疫官は、私の番になって、質問票に目を光らせた。そして、私のほうを向き直り、
「海外の感染症には、日本にはない重篤なものもあります。念のために、医師の検査を受けてから入国してください」
と、言った。

私は、「健康相談室」という名の別室に通された。応対したのは、歯科医か研修医のような、詰襟の白衣を着た若い医師で、私の症状を聞き、「おそらく風邪でしょうが」と言いつつ、検便を勧めた。もとより、異存はない。素直に応じる。
赤痢、またはコレラが検出された場合は、こちらから連絡します」
と、医師は言った。症状からして、その可能性はゼロに近いが、これは、知らせてくれなければ命に関わる。

「その他の食中毒菌・風邪のウィルス等が検出された場合は、問い合わせていただければ通知します」
とのこと。「検疫所」の関心は、私個人の健康ではなく、あくまで、感染症の蔓延を防ぐことなのだ。

ちなみに、ここまでに要した時間は、10分ほど。もっと「拘束」されるのではないかと思ったが、拍子抜けする。

続く入国審査は無事通過し(当たり前だが)、預け入れ手荷物をピックアップ、最後の税関のところで、初めて「捕まった」。

普段、税関では、「どちらからお帰りですか?」と尋ねられ、一言「ロシア」などと答えれば、「無罪放免」だった。ところが、「タイ・ミャンマー・マレーシア」と答えたところ、税関吏は、
「荷物を拝見してよろしいですか?」
と、言った。いつも、内心、一回くらいは引っかかってみたいと思っていたから、「キター!」と思いながら、応じる。

「向こうの治安はどうでしたか?」「いいカメラですね。ほう、写真が趣味ですか」
税関吏は、そんな雑談をしながらも、目を光らせて、ボストンバッグを「捜索」。ミャンマーで、現地人がズボン代わりに腰に巻きつけている布を買い、紙袋に入れていたのだが、その紙包みがバッグの底から出てきた時は、税関吏は緊張して、
「これは何ですか?」

たしかに、いかにも薬物でも入っていそうな形状である。中を見せて、誤解を解く。税関吏はどこか不満そうに、
ミャンマー人は、こんなものを穿いてるんですか」
などとつぶやく。もちろん、禁制品は出てこず、無事通過。

さて、明日から、「エクスターン」という名の弁護士事務所での研修が始まる。まずは、東南アジアの空気でふやけきった脳細胞を引き締めなければならない。頭の中には、「検疫」も「税関」もないのだ。