陸上交通システムの限界を超えて

JR東海は、きょう、山梨リニア実験線の延伸とリニア車両増備を決定、総額3550億円の投資を行なうと発表した。

参考
http://jr-central.co.jp/news.nsf/news/2006925-1660/

リニアといえば、先日、ドイツのリニアモーターカーが実験中に死亡事故を起こし、安全性に不安を抱かれる向きもあろうが、1970年代から始まったわが国のリニア研究開発は、昨年3月、国の専門委員会から、「実用化の基盤技術が確立した」とのお墨付きを得ている。わかりやすく言い換えれば、技術面では「完成」の域に達しており、実用化に向けての課題は財源のみ、ということである。

中央リニア新幹線(東京−大阪間)の建設には、約7兆円必要と見積もられている。いくらJR東海といえども、一社で負担できる金額ではなく、国民的コンセンサスを得たうえで、国費の補助が不可欠である。JR東海葛西敬之会長が、リニアを「国家的プロジェクト」と強調されるのは、この意味であろう。

ところで、現在、北海道・東北・北陸・九州で、いわゆる「整備新幹線」の建設が進められている。整備新幹線は、鉄道事業者が建設費を負担すると、運賃・料金での回収が見込めない区間ばかりなので、国費が投入されている。

ところが、整備新幹線の中には、必要性に首を傾げざるをえないものもある。たとえば、北陸新幹線は、現在の長野新幹線を金沢まで(将来的には、福井県の南越(仮称)まで)延長するものだが、東京対北陸圏(富山・金沢)の輸送については、平成9年に、上越新幹線北越急行経由の在来線特急「はくたか」を乗り継ぐルートが整備されている。「はくたか」は、北越急行線内で在来線最速の時速160キロ運転を行なっており、北陸新幹線開業による時間短縮効果は、20〜30分程度にすぎない。今更、新幹線を整備する意義は乏しいといわざるをえない。それだけではない。整備新幹線開業後は、並行する在来線をJRから「経営分離」することが、政府・与党で合意されている。地元自治体は、「ローカル線」に転落する在来線を「第三セクター」として、未来永劫運営してゆかねばならない。

東海道新幹線に始まる新幹線技術は、「鉄道ルネサンス」と呼ばれる、世界規模での鉄道復権を導いた。その成功は、高く評価されてよい。しかし、新幹線は、所詮「20世紀の鉄道」にすぎない。いつまでも、過去の栄光にしがみついていては、鉄道の凋落は必至である。

昭和39年、東海道新幹線が、戦後復興・高度成長期の「鉄道のかたち」を変えたように、いま必要なのは、地方にまで新幹線を走らせることではなく、「リニア」という、21世紀の新しい「鉄道のかたち」を示すことではないだろうか。

現在の東海道新幹線は、致命的な弱点を抱えている。考えたくはないことだが、必ず起こる東海地震の際に、軌道・電気施設に物的被害が出ることは不可避である(なお、地震感知システム「ユレダス」の高度化など、人的被害は最小限に抑える対策を講じている)。わが国の大動脈である東海道新幹線が長期不通となったとき、国民経済的損失は計り知れない。そこで、輸送システムの「二重系」化を図る意味でも、中央リニア新幹線の整備が必要となる。

ところで、リニア建設に反対する議論のなかに、リニアが完成すると、現在の東海道新幹線が「ローカル線」に転落するというものがあるが、この批判は当たらない。なぜなら、リニアの輸送力は、東海道新幹線の輸送力に及ばないからだ。リニアは、東京−大阪間の「超高速」輸送に特化する必要があり、東海道新幹線が不要になることは、ありえないのである。

リニアが完成すれば、東京−大阪間は、1時間で結ばれる。現在も、東海道新幹線「のぞみ」号は、東京−新大阪間を2時間30分で結んでおり、完全に「日帰り圏」となってはいるが、1時間に短縮されることのインパクトは、この上なく大きい。40年前、東海道新幹線は、「鉄道のかたち」を変えたが、リニアは、「この国のかたち」をも変革する可能性を秘めている。

昨年開かれた「愛・地球博」で、JR東海が出展した「超電導リニア、発進!〜陸上交通システムの限界を超えて〜」は、企業パビリオンで集客数第1位に輝いた。無駄な整備新幹線など、事業廃止しても構わない。限りある財源を有効に使うなら、今こそ、リニア建設の是非を国民に問うべき時ではないか。