シリーズ郵政民営化・その1

シリーズ郵政民営化・法律の世界はどう変わる?
第1回・刑事法編

はじめに

 ご承知のように、去る平成17年10月21日、郵政民営化関連法が成立し、明治4年3月1日(注、旧暦)の近代郵便制度発足以来、国(平成15年度からは日本郵政公社)が運営してきた、いわゆる郵政三事業(郵便事業郵便貯金事業・簡易保険事業)は、平成19年10月1日を期して、4つの事業会社(郵便局株式会社・郵便事業株式会社・株式会社ゆうちょ銀行・株式会社かんぽ生命保険)に分割民営化されることとなった。現在に至るまで、郵政三事業が国営とされてきたのは、郵便局が国民生活に必要不可欠な社会基盤(インフラ)であり、全国にあまねく公平なサービスを提供する必要があったからである(郵便法1条・同6条・日本郵政公社法20条参照)。10年、20年先の未来、民営化された郵便局は、どのようなすがたになっているのであろうか。
 小泉純一郎前総理は、「郵便を配達するのは、公務員じゃないとできないんですか?」などと、ことの本質を見誤る浅はかな議論で大衆を煽動し、およそ意義の見出せない郵政民営化を主導した。民営化がいよいよ目前に迫ったいま、この「改革」が、国家百年の大計を誤る結果とならないことを、ただ祈るばかりである。
 本特集では、郵政民営化に伴う法律の世界の変化を中心に見てみることとしたい。法律学において、郵便法などの法律が正面から扱われることは少ないけれども(郵便事故における国の賠償責任を制限した郵便法旧規定は憲法17条違反で無効とした、最高裁平成14年9月11日大法廷判決・民集56巻7号1439頁は必読判例である)、実務上きわめて重要な法規定が存在する。それらの規定は、どう変わり、あるいは、変わらないのか。今回は、刑事法関係の諸規定を取り上げる。

1 刑事実体法関係

 日本郵政公社(以下、単に「公社」というときもある)の事業に関する犯罪を一般に「郵便犯罪」と呼ぶ。このなかには、郵便局の窓口職員が、顧客から預かった金員をほしいままに着服する(業務上横領罪・刑法253条)などの刑法犯も含まれるが、刑法の解釈は、一般の場合と変わらない。郵政事業に特徴的なのは、郵便法の定める犯罪である。郵便法には、76条以下に罰則規定が置かれている。以下では、重要な犯罪類型について検討を加える。

 (1) 事業の独占を乱す罪

第76条 (事業の独占を乱す罪) 
第五条の規定に違反した者は、これを三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
2  前項の場合において、金銭物品を収得したときは、これを没収する。既に消費し、又は譲渡したときは、その価額を追徴する。
3  法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、第一項の違反行為をしたときは、行為者を罰する外、その法人又は人に対しても同項の罰金刑を科する。

 郵便制度の根幹は、低廉な料金で、全国にあまねく公平なサービス(いわゆる「ユニバーサル・サービス」)を提供することである(郵便法1条参照)。この目的を達するため、郵便法5条は、郵便事業を公社に独占させ(1項)、公社以外の者が信書の送達を業とすることを禁じる(2項)ほか、利用者が公社以外の者に信書の送達を委託することを禁止している(4項)。

 ここでいう「信書」とは、特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、または事実を通知する文書をいう(2項)。具体的には、書状などのいわゆる手紙・はがきの類に限られず、請求書、会議招集通知、許可書、証明書、ダイレクトメールはすべて信書である。ただし、ダイレクトメールのうち、その内容が公然あるいは公開たりうる事実のみの場合であって、街頭配布や新聞折り込みを前提として作成されるチラシ、あるいは店頭において配布されるパンフレットについては、特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、または事実を通知するという実態がないことから、信書には該当しないとされる(総務省「信書に該当する文書に関する指針」参照)。

 本罪は、郵便法5条違反を処罰するものであり、運送事業者のほか、利用者も本罪の主体たりうる。たとえば、信書を、民間宅配事業者のいわゆる「メール便」等をもって送付する行為は、本罪にあたる。

 なお、郵政事業の公社化と同時に施行された「民間事業者による信書の送達に関する法律」(信書便法)に基づく総務大臣の許可を受けた事業者については、郵便法5条の適用が除外されているので(信書便法3条)、本罪は問題とならない(ちなみに、現在のところ、「一般信書便事業」に参入した事業者は皆無である)。

 さて、郵便法は、郵政民営化(平成19年10月1日)と同時に大幅改正されるが、本罪に大きな変更はない。すなわち、民営化後も、郵便事業株式会社には郵便事業の独占が認められる。改正法では、本条第3項が削除されるが、両罰規定を一括して規定することとしたためで、実質に変更はない(改正後の90条参照)。

 
 (2)郵便物を開く罪

第77条 (郵便物を開く等の罪)
公社の取扱中に係る郵便物を正当の事由なく開き、き損し、隠匿し、放棄し、又は受取人でない者に交付した者は、これを三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。ただし、刑法 の罪に触れるときは、その行為者は、同法 の罪と比較して、重きに従つて処断する。

 本罪が予定している実行行為は、幅広い。開披類型は信書開封罪(刑法133条)の、毀損類型は毀棄罪(刑法258条ないし261条)の、隠匿類型は信書隠匿罪(刑法263条)の、それぞれ特別規定である。刑法には、放棄類型および正当受取人以外への交付類型に相当する罪はなく、本罪によって処罰範囲が拡張されている。

 本罪の客体は、公社の取り扱い中にかかる郵便物であり、郵便局の窓口・郵便差出箱(いわゆる「郵便ポスト」)等で引き受けてから、受取人に交付するまでである。受取人宅の玄関ポストに配達された後の郵便物は、本罪の客体たりえない。

 なお、客体となる「郵便物」の範囲は、法改正によって変更が予定されている。すなわち、現行法では、「郵便物」とは、通常郵便物および小包郵便物をいうが(郵便法16条)、改正郵便法では、小包郵便物が「郵便物」の定義から外れる(改正郵便法14条参照)。そのため、改正後は、「郵便小包」(いわゆる「ゆうパック」)は、本罪の客体とならないことになる。

 条文上、本罪の主体に限定はないが、放棄類型および正当受取人以外への交付類型は、郵便業務に従事する者に限られるであろう(真正身分犯)。

 
 (3)郵便物の取扱いをしない罪

第79条 (郵便物の取扱いをしない等の罪)
郵便の業務に従事する者が殊更に郵便の取扱いをせず、又はこれを遅延させたときは、これを一年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
2 郵便の業務に従事する者が重大な過失によつて郵便物を失つたときは、これを三十万円以下の罰金に処する。

 数ある郵便犯罪に、特殊な彩りを添えるのが本罪である。通常の職場では、いわゆる「サボタージュ」は、労働契約の不履行として民事上の債務不履行責任を問われるのは格別、刑事責任を問われることはない。しかし、郵便事業が国民生活にとって不可欠なインフラであり、その停滞が社会に与える影響は甚大であることにかんがみ、本罪が設けられた。

 郵政職員は、公社化された現在も国家公務員であり(日本郵政公社法50条)、争議権(スト権)は認められていない(国家公務員法98条)。したがって、郵政職員が行なう同盟罷業行為(ストライキ)も、本罪によって処罰されうることになる。

 これは、憲法28条の労働基本権の制約にもかかわることから、かつて、郵政職員の争議権を一律に制限していた旧公共企業体等労働関係法(公労法)の規定とあいまって、争議行為についても本罪を適用することの合憲性が争われた。最高裁は、いわゆる全逓東京中郵事件において、「郵便業務の強い公共性にかんがみれば、右の程度の罰則をもつて臨むことは、合理的な理由があるもので、必要の限度をこえたものということはできない…。この罰則は、もつぱら争議行為を対象としたものでないことは明白であるが、その反面で、郵政職員が争議行為として右のような行為をした場合にその適用を排除すべき理由も見出しがたいので、争議行為にも適用があるものと解するほかはない」と判示している(最判昭和41年10月26日刑集20巻8号901頁)。

 なお、本罪そのものは、民営化後も存続する。一方で、職員の身分が公務員でなくなることから、争議権の制限は撤廃される。かつては、「違法スト」にも労働組合法1条2項(争議行為は、刑法35条の正当行為として扱う)の適用があるかが議論されたが、名実ともに合法な争議行為であれば、本罪の適用はないことになろう。

(「2 刑事手続法」に続く。なお、筆者の趣味により、「第2回・民事法編」については、永久に執筆されない可能性もあります)