医師と法律家のあいだ

いま研修医をしている高校時代の友人と,約束したことがある。

「医療事故を『犯人探し』を目的とする刑事手続きで処理するのではなく,事故原因の究明・再発防止を図る制度を,医師・法律家として,ともに実現しよう」と。

今月3日,厚労省が発表した「医療安全調査委員会」(仮称)の最終試案は,われわれの描いた理想に近い。それによると,「医療過誤か,合理的説明がつかない死亡」が発生した場合,医療機関は,調査委への通報が義務づけられる。併せて,医師法が改正され,医師から警察への通報義務はなくなる。犯罪性があり,捜査が必要な場合のみ,調査委からの通知を待って,捜査機関が動くことになる。

小欄では,航空・鉄道事故など,高度な専門性を有する一定の過失犯について,刑事手続きで処理することの問題点を,繰り返し指摘してきた。

刑事手続きは,個人の刑事責任追及が目的であり,過失犯であれば,行為者の「結果予見義務違反」「結果回避義務違反」の有無を,回顧的に追及することになる。そして,憲法上,黙秘権が保障されているから,供述を強制することはできない(憲法38条1項)。そうすると,関係者が,刑事訴追を恐れて供述を拒めば,真相は闇の中となる。

刑事手続きとの関係では,客観的証拠から「過失」を立証し,行為者を処罰することは可能であるかも知れない。しかし,その反作用として,事故原因の解明が遅れれば,新たな被害者を生み出すことにもなりかねない。はたしてそれは,健全なことであろうか。

こうした問題意識は,一般にも徐々に認識されるようになり,航空・鉄道事故について「航空・鉄道事故調査委員会」が設けられている。しかし,残念ながら,刑事手続きとの関係は未整理のままで,7年前の「駿河湾上空日航機ニアミス事故」の際は,航空法上,機長が管理権を有する航空機内に,警察官が「無断侵入」するという事象が発生した。また,事故調の調査報告書は,明文で「責任追及を目的とするものではない」とされているにも拘らず,刑事裁判で証拠として採用されていることも,制度の趣旨を没却するものといわざるをえない。

多くの日本人は,良質の正義感をもっている。犯罪者は処罰されなければならないが,社会正義を実現する場は,刑事手続きだけではない。関係者に,処罰を恐れず,真相を洗いざらい話してもらい,再発防止を図ることのほうが,より高次な価値を有するとはいえないだろうか。

一方で,医師には,調査委への真摯な協力が求められることはいうまでもない。いやしくも真実を隠蔽するようなことがあってはならない。実効性ある医療調査委は,医師の良心を前提とした制度であり,医師に対する国民の期待の大きさの裏返しだからである。