もう許さない!―対北朝鮮外交の混迷―

歴史の評価は後世によってなされるもので,その渦中にいる者は,ただ,時の流れに身を任せるだけである。

一つ確かに言えることは,ブッシュ米大統領は,後世,第二次大戦前夜の「ミュンヘン会議」でナチスに宥和政策をとったネヴィル・チェンバレン英首相と同視されるであろう,ということだ。

きょう,北朝鮮は,「六か国協議」議長国である中国に対し,核開発計画を申告した。その見返りとして,アメリカは,北朝鮮の「テロ支援国家」指定解除に踏み切る見通しである。

まず指摘しなければならないが,北朝鮮による核開発計画の申告は,六か国協議での合意に基づき,昨年12月末までに履行されるべきものであった。それにも拘らず,北朝鮮は,言を左右にして合意を履行しなかったのである。

そうであれば,現在の時点で北朝鮮が申告をしてきたとしても,半年もの大幅な履行遅滞をまず非難すべきであって,申告じたいに「見返り」を与えるべき筋合いのものではない。

さらには,今回の北朝鮮による申告には,肝腎要の「核兵器」に関する記述は含まれないことが,すでに明らかにされている。申告の内容も精査しないうちから,「同時履行」だと言わんばかりに,テロ支援国家指定解除に突き進むアメリカは,対北朝鮮外交に限って見れば,もはや日本の「友人」ではない。

なぜといって,北朝鮮には,今なお,拉致された日本国民が「監禁」され続けているのである。北朝鮮による日本人拉致は,現在進行形のテロに他ならない。アメリカが,自国の国益に直結しないテロは,テロ支援国家指定と関係ない,というスタンスなのであれば,日本は,アメリカと共同戦線を張ることはできない。

そもそも,北朝鮮核兵器によって最大の脅威を受けるのは,他ならぬ日本なのであるから,日本は,アメリカに対し,テロ支援国家指定解除の方針を見直さないのであれば,六か国協議からの脱退,さらには,北朝鮮に対する有効な抑止力として,法的拘束力のない政治宣言にすぎない「非核三原則」を破棄し,日本独自での核配備の可能性を示唆するなどすべきであった。

しかしながら,「安全保障」センスのかけらもない福田政権は,先般の日朝実務者協議で,北朝鮮が,拉致被害者に関する「再調査」を口にしただけで,経済制裁を一部解除するという,愚の骨頂ともいうべき行為に出た。いかに平和ボケした日本国民とて,北朝鮮が,これまでの「再調査」の度,死亡診断書を偽造したり,ニセモノの「遺骨」を渡したりするなどの背信行為を繰り返し,日本を愚弄し続けてきたことを,忘れてはいまい。

北朝鮮による「陽動作戦」を真に受けた,日本政府の方針のぶれが,対北朝鮮外交において急速に前のめりになっているアメリカを後押ししたことは否定できない。加えて,安倍前総理をして「百害あって利権あり」と言わしめた,北朝鮮との国交正常化を唱える山崎拓氏らの超党派議連は,まさに「国賊」の謗りを免れない。

私たちは,拉致問題の解決には,「圧力」を強めるしかないと主張してきたし,実際,それが効いてきてもいた。制裁発動前,北朝鮮に親和的な論者は「日本だけの制裁では意味がない」などとしきりに主張していたが,意味がないどころか,北朝鮮の権力中枢を揺さぶるまでの効果があった。結局,そうした論者は,北朝鮮の独裁体制を延命したいだけ,ということがはっきりした。

拉致問題の全面解決なくして国交正常化なし,国交正常化なくして経済援助なし」という,対北朝鮮外交の原理原則を主張する私たちに対し,「国際社会の潮流が変わっている」などと,典型的な「バスに乗り遅れるな」論からの批判も聞かれる。

しかし,バスに乗り遅れても,つぎのバスに乗ればよいだけで,行き先も確かめぬまま,あさっての方に向かうバスに飛び乗るほうが,よほど危険である。

日本海を渡って,平壌から聞こえてくるのは,将軍様の高笑いと,拉致被害者の望郷の慟哭である。