「高速道路1000円」は国益に反する

「百年に一度」という大げさな修飾語を付ければ,景気対策として何をしてもいいと思っているのか,あるいは総選挙の票目当てか知らぬが,先般,高速道路の郊外料金を土曜・休日に限り一律1000円とする法律が成立した。

定額給付金」に引き続き,むちゃくちゃな政策で,この国の為政者にはまともな頭が備わっていないことを,高らかに宣言したようなものだ。

まず,「高速道路1000円」というインパクトにより,マイカー利用者の外出を促そうという狙いそのものが,温室効果ガスの排出削減を進める環境政策と真っ向から矛盾している。「チーム・マイナス6%」と銘打って,「クールビズ」など,官民挙げて地球温暖化対策を進めている時世に,自動車の利用を促進するなど,右手で与えたものを左手で奪うようなものではないか。

国土交通省の調査によると,平成18年度,わが国の二酸化炭素排出量のうち約2割が運輸部門に由来するが,自家用自動車(マイカー)は,その48.2%を占め,輸送手段別でぶっちぎりのワースト1である。そして,マイカーの占める排出割合は,平成2年度には39.0%であったから,低公害車の普及などにもかかわらず,状況は悪化の一途をたどっている(ちなみに,運輸部門からの排出量全体では,平成2年度から平成18年度までに約17%増加している)。

(参考 http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kankyou/ondanka1.htm

日本は,平成9年に採択された「京都議定書」に基づき,二酸化炭素排出量を1990(平成2)年比6%削減する義務を負っているが,こうした状況下でマイカー利用を促すなど,国際約束を破棄するに等しい。

ちなみに,輸送量単位(旅客・人トン,貨物・トンキロ)当たりの二酸化炭素排出量(単位はいずれもグラム)は,旅客輸送では,鉄道18,バス51,航空111,マイカー172であり,貨物輸送では,鉄道20,船舶39,営業用トラック150,自家用トラック1021となっている。このデータから明らかなことは,公共交通機関の中での鉄道の優位性と,自動車の環境負荷の大きさである。

「高速道路1000円」による悪影響は,環境問題だけにとどまらない。とりわけ深刻な打撃を被るのは,長距離トラック等の逸走が予想される内航海運(船舶)事業者である。船舶業界は,昨年秋ころまでの燃料高騰の影響もあり,深刻な経営状態が続いている。国は,船舶業界の損失を補填する考えだが,尻拭いのために税金を投入しなければならない政策など,初めからしなければよいのである。

また,船舶業界に赤字補填するのなら,同じく影響を受けるであろうJR貨物にも補填するのでなければ,物流の自由な競争市場とはいえまい。声の大きな業界だけに補填するのは,不公平である。

さらに,「高速道路1000円」による不要不急のマイカーの増加は,高速道路の渋滞をもたらし,定期トラック便や,路線バスの定時運行が損なわれる懸念もある。こうした「見えざる損失」について,国は,どう考えているのであろうか。

ところで,根本的な疑問として,高速道路料金は,通行の対価ではなく,建設費の償還という位置付けだったはずである。値下げにより得られなくなった収入分は,どうするつもりなのか。ここでも,税金で穴埋めするのであろうか。

そうすると,6年前の道路公団民営化とは,一体何だったのか。本来,高速道路会社が自主的に決定すべき通行料金を,いかなる権限に基づいて,国が「1000円にせよ」と命令するのか,もはや意味不明である。

考えれば考えるほど,「高速道路1000円」は,なんらの長期的展望もなく,大衆の歓心を買うためだけに,思い付きでなされた政策といわざるをえない。このような衆愚政治的・風見鶏的政策を続けていては,日本国は,劣化の一途をたどるばかりである。