鉄道判例十選シリーズ第一回「乗車券の法的性質」

友人が発行するメルマガに、私が担当するコーナー「鉄道判例十選」というのがある。その第一回を、そのまま紹介する。「手抜き」であるが、たまにはこのような企画も楽しんでいただけるのではないかと思う。

紹介判例大審院大正6年2月3日第三民事部判決
(大正5年(オ)第989号電車旧乗車券効力確認請求ノ件)

<事案の概要>

東京市(被上告人)は、大正5年、内務省の認可を得て市電の運賃値上げを実施した。上告人Xは、値上げ前に発行された回数乗車券(以下、旧回数券という)を所持していたが、東京市が上記値上げ分の追加支払をしなければ電車に乗車できない旨を告知したため、東京市との間の運送契約は旧回数券の発売時に成立しているから、追加支払は要しないと争った。

これに対し、東京市は、本件は行政主体たる東京市と国民との、公法上の関係(営造物利用関係)をめぐる紛争であるから、司法裁判所は管轄権を有しないなどと主張。

第1審(東京区裁判所)・原審(東京地方裁判所)とも、東京市勝訴。X上告。

<判旨>

大審院は、つぎのように判示して、Xの上告を棄却した。

(公法関係であるとの東京市主張について)
東京市カ乗客ノ輸送ニ使用スル軌道ニシテ東京市ノ営造物ナリトスルモ乗客ノ支払フ乗車賃ヲ目シテ営造物ノ使用料ナリト解スルハ乗車賃金ノ性質ニ反スルノミナラス東京市カ其営造物タル軌道ヲ使用シテ乗客ノ輸送ヲ為スモ此事実ハ電車事業ノ営利的性質ヲ阻却スルモノニアラサルハ勿論市ト乗客トノ間ニ於テ私法上運送契約ノ成立スルコトヲ妨クルコトナシ」

(運送契約の成立時期)
「何人ト雖モ乗車当時ニ於テ定マレル運送条件及ヒ乗車賃ヲ以テ乗車ヲ為スコトヲ得ルモノナレハ市ト乗客トノ間ニ於ケル乗車契約ハ乗車ノ時ヲ以テ成立スルモノニシテ市ハ其当時ニ於テ実施セラルル運送条件ニ従ヒ乗客ヲ運送スル私法上ノ義務ヲ負担スルト同時ニ乗客モ亦其当時ニ於テ効力アル賃金率ニ従ヒ乗車賃ヲ支払フ義務アルモノトス」

(回数乗車券の法的性質)
「回数劵ノ発行ハ他日ニ於ケル東京市ト乗客トノ運送契約ヲ予想シ之ヲ以テ乗車賃ノ支払ニ充ツルノ目的ヲ以テ発行セラルルモノニシテ(中略)一種ノ票劵ナリト解スルヲ相当トス」
「回数劵ハ市ヲシテ将来ニ於テ運送義務ヲ負担セシムヘキ無記名証劵ニアラスシテ単ニ市ト公衆トノ間ニ於テ運送契約ノ成立スヘキコトヲ予想シ之ヲ乗車賃ニ充ツル為メ便宜之ヲ作成スルモノナルコト郵便切手ノ購買者カ予シメ其購入シ置キタル切手ヲ郵便物ニ貼用シテ其料金ニ充ツルト同一般ナリト解スルヲ相当トス」

<解説>

運送契約は、当事者の一方が物品または旅客の場所的移動を約し、相手方がこれに報酬(運賃)を支払うことを約する契約で、運送という仕事の完成を目的とするものであり、民法上の「請負契約」(民法632条)に属する。しかし、陸上運送・海上運送は商法に特別の規定があるほか、通常は運送人が「運送約款」(JRグループの場合、「旅客営業規則」など)を定めており、民法の規定が適用される余地はない。

運送契約は、当事者の意思の合致だけで成立する、いわゆる「諾成契約」であり、契約書等の作成は必要ないものの、運賃の支払と引き換えに、「乗車券」が発行されるのが通常である。乗車券のうち、乗車前に1回ごとに発行される無記名式の「普通乗車券」については、旅客を運送すべきことを運送人(鉄道会社)に請求する権利を表象する有価証券であると解するのが多数説である。これに対し、「回数乗車券」の法的性質については、学説上議論が錯綜している。

大審院は、本判決において、回数乗車券の発行によって、運送契約またはその予約が成立するものではなく、回数乗車券は、「運送契約ヲ予想」し、「乗車賃ノ支払ニ充ツルノ目的」で発行される、一種の「票券」であると判示した。「郵便切手」の例を挙げ、切手を郵便料金の支払にあてるのと同じであるというのである。

なるほど、回数乗車券を郵便切手同様に理解することも可能ではあろうが、鉄道の回数乗車券の場合、つぎのような違いを指摘できよう。
・回数乗車券は通常、乗車等級・乗車区間が特定していること
・回数乗車券には通常、通用期間の定めがあること
これらを考慮すると、回数乗車券は単なる「票券」ではなく、運送請求権を表象する有価証券と考えるのが筋ではないかと思われる。

なお、JRグループの場合、「旅客営業規則」において、旅客が所定の運賃・料金を支払い、回数乗車券の交付を受けた時に、運送契約が成立するものと定めている。

参照・JR旅客営業規則
(下記URLはJR西日本のものだが、JR旅客鉄道各社共通)
http://www.jr-odekake.net/guide/stipulation/index.html

第5条 旅客の運送等の契約は、その成立について別段の意思表示があつた場合を除き、旅客が所定の運賃・料金を支払い、乗車券類等その契約に関する証票の交付を受けた時に成立する。

<参考文献>
宇田一明 「回数乗車券の性質」 別冊ジュリスト『商法総則・商行為判例百選』第4版
佐々木雅夫 『鉄道マンの法律教室』(中央書院、平成3年)