シリーズ郵政民営化・第2回

シリーズ郵政民営化・法律の世界はどう変わる?

2 刑事手続法関係

日本郵政公社法第63条(郵政監察官)
公社に、郵政監察官を置く。
2 郵政監察官は、郵政事業(公社の行う事業をいう。以下この項及び次項において同じ。)に関する犯罪、非違及び事故に関する調査及び処理その他郵政事業の適正かつ確実な実施の確保に係る職務に従事する公社の役員又は職員のうちから、総務大臣の定める者がその役員又は職員の主たる勤務地を管轄する地方裁判所に対応する検察庁の検事正と協議して指名する者をもって充てる。
3 郵政監察官は、郵政事業に対する犯罪について、刑事訴訟法 (昭和二十三年法律第百三十一号)に規定する司法警察員の職務を行う。
4 郵政監察官は、被疑者の逮捕を必要とする場合は、警察官である司法警察職員に、これを逮捕させなければならない。
5 警察官である司法警察職員は、前項の規定により逮捕した被疑者を、郵政監察官に引致しなければならない。
6 郵政監察官は、前項の被疑者を受け取った場合又は自ら現行犯人を逮捕した場合において、留置の必要があると思料するときは、これを最寄りの留置施設に留置することができる。
7 郵政監察官は、第三項から前項までに規定する職務を行うに当たっては、その身分を証明する証票を携帯し、関係人の請求があるときは、これを示さなければならない。
8 郵政監察官の司法警察員としての職務は、総務大臣が監督する。


 
  (1)郵政監察制度の概要

 国の事業としての郵政事業を語るうえで無視できないのが、郵政監察制度(郵政監察官)の存在である。郵便局の職場規律が荒廃していた戦後の混乱期、郵便犯罪を予防・検挙し、秩序を維持することで、社会基盤としての郵便局の使命を全うならしめるため、アメリカ合衆国の制度を参考に、昭和23年の郵政省設置法において、郵政監察制度が創設された。ちなみに、昭和24年発足の日本国有鉄道国鉄)においても、同様の役割を担う公安本部(鉄道公安官)が設置された。
 郵政事業の公社化に際しても、郵政監察制度は存続し、郵政監察官は、公社の監査部門に所属することとされた。「監査」とはいえ、他の官公庁や民間企業のそれとは異なり、郵政監察官は、刑事訴訟法190条にいわゆる「特別司法警察職員」の一種であるから、郵政公社独自の捜査機関として、「郵政事業に対する犯罪」の捜査を行ない、必要なときは、あらかじめ裁判官の令状を得たうえで、捜索・差押・検証等の刑訴法上の「強制処分」をすることもできる(刑訴法197条1項但書参照)。この点は、警察による捜査とまったく同じである。
 ただし、被疑者の逮捕を必要とする場合、逮捕行為は警察官にさせなければならない(公社法63条4項)。これは、郵政監察官は、警察官と違い、拳銃等を携行できず、また、逮捕術の訓練等も十分ではないことから、不測の事態に備え、逮捕者の安全を確保する趣旨である。したがって、警察官に被疑者を逮捕させた場合でも、その後の捜査を警察が引き継ぐわけではなく、必要な取調べは、郵政監察官が自ら行なう(同条5項参照)。
 被疑者を逮捕した場合は、弁解録取を行ない、勾留が必要なときは、逮捕の時点から48時間以内に検察官に送致しなければならない(公社法63条3項・刑訴法203条1項)。

  (2)郵政監察制度の終焉

 長年にわたり「郵便局のお巡りさん」として郵便犯罪を摘発してきた郵政監察官だが、郵政民営化とともに、役目を終えることとなった。これは、民営化法案の国会審議の過程で、民間会社となる日本郵政グループの従業員が、強制力を伴う司法警察権を行使するのは適切でないと判断されたためである。
 この点、国鉄分割民営化に際して、鉄道公安官は、JRグループに移るのではなく、警視庁・各道府県警察の「鉄道警察隊」として再編されたのとは対照的である(なお、公安官のなかには、「鉄道マンでいたい」と、JRの駅員や車掌になった者もいるようである)。
 民営化後は、監査部門を中心に、いわゆる「コンプライアンス」(法令遵守)体制を強化し、郵便犯罪の「未然防止」に重点が置かれることとなろう。ただ、不幸にも犯罪が発生してしまった場合、民営会社の監査部門に強制捜査権限はない以上、被疑者が任意での事情聴取等に応じないときは、警察による捜査に移行せざるをえない。
 郵便物を取り扱う郵便局は、いわば「プライバシーの固まり」である。そのようなところに、官憲が踏み込んで捜査活動をすることについては、「通信の秘密」(憲法21条2項後段)保障の観点から、疑義なしとしない。

◇もう一歩前へ
 郵政監察官による郵便犯罪捜査の実態について興味を持たれた方は、五島幸雄・元京都地検検事正著『熱血検事 駆ける!』(法学書院・平成17年)所収「郵政監察官の臭い苦労」の一読をお薦めしたい。
 また、旧近畿郵政局(現日本郵政公社近畿支社)管内の郵便局で、「ゆうメイト」(アルバイト職員)研修用に使われているビデオ『キューピッドは迷わない』(近畿郵政局制作・郵政省大臣官房首席監察官室監修)のなかでは、現金書留郵便物の横領事犯をテーマに、郵政監察官による捜査の模様がテレビドラマ風に再現されている。